日本人学生対象

経験者の声

Information

氏名 Name 太田佳来 Yoshiki Ota
学年 Grade 情報科学研究科修士2年 GSIS M2
指導教員 Supervisor 徳山豪 Takeshi Tokuyama
留学期間 Stay 平成24年8月30日-10月4日 Aug. 30th-Oct. 4th, 2012
受入先 Destination スイス連邦工科大学チューリッヒ校 ETH Zurich

留学のきっかけ

留学を本格的に検討し始めたのは渡航の約半年前でした。 2012年の初頭に国際交流推進室の森山先生から留学プログラムのご案内をいただき,それから1週間ほどで留学を決意しました。 検討開始から1週間で決断したと言うと随分と気の早い話のように聞こえますが,こうも早く決断できたのにはいくつか理由があります。 一番大きな理由は,前年の12月に同じ留学プログラムを利用して韓国に短期滞在した経験があったことです。 滞在期間は10日間,さらに同行者が2人という非常に心理的ハードルの低い旅でしたが,海外旅行未経験の私にとっては留学に対する消極的態度を改めるに十分な経験となりました。 この経験があったからこそ,また留学の機会があれば積極的に挑戦しようと思えたのであり,逆にこの経験がなかったら今回のスイスへの留学もなかったかもしれません。 二つ目の理由は,資金面の問題を解決する目処が立ったことです。 下世話な話で申し訳ないのですが,たとえ留学で得るものがどんなに多くとも,お金の話は避けて通れません。 今回の留学では,留学プログラムを提供している日本学生支援機構(通称JASSO)と情報科学研究科の双方から,それぞれ奨学金と渡航費という名目で留学資金が事前に支給されることが分かっていたので,留学の計画段階から金銭的な問題に悩むことはほとんどありませんでした。 また精神的な面で「なんとかなるだろう」という言葉に後押しされたことも大きいと思います。 心配症な普段の自分とは対極に位置するような言葉ですが,留学を決意する時も留学中も,何かを躊躇ったときはこの言葉を思い出して行動してきました。 留学に至るきっかけは人それぞれで,私のように「留学の案内を貰ったから」という受動的な態度で留学に臨む人は少数だと思います。 しかし,そういった人にも海外への道は開かれているのであり,行ってみようという気持ちがほんの少しでもあれば挑戦してみることをお勧めします。 それこそ「なんとかなる」でしょうから。

事前準備

奨学金

留学を決意した後,真っ先に行ったのが留学プログラムへの応募でした。私が利用した留学プログラムは,JASSOが昨年度まで提供していた「留学生交流支援制度(ショートステイ、ショートビジット)」というもので,奨学金として月額80,000円が一律支給されるという内容のものでした。応募時には留学に関して具体的なことは何も決まっていなかったので,留学先の国とおおよその留学予定期間等を申請用紙に記入し,それに指導教官の徳山先生の推薦状を添付して所属研究科経由で申し込みました。留学先として選ぶことのできる国には制限があり,このときはスイス,カナダ,韓国の3ヶ国から選ぶことができました。このうち,前述の通り,韓国には既に行ったことがあったので候補から外し,残るスイスとカナダから留学先を選ぶことにしましたが,スイスのチューリッヒには徳山先生のお知り合いの先生がいらっしゃるということ,チューリッヒは市内の公共交通機関が発達しており住みやすい街であるということ,そして北米よりもヨーロッパに行ってみたい気持ちが元来あったことから,さほど悩まずにスイスを選定しました。

渡航期間

博士前期課程(修士)2年次での留学ということで,年末には修論の執筆も控えていたことから,長期間の留学は当初から考えていませんでした。次年度の春には当課程を修了して就職しようと考えていたこともあり,修了時期が遅れることのないよう,渡航期間は1ヶ月前後に設定しました。最終的には奨学金の支給額との兼ね合いで1ヶ月+数日に設定しましたが,これは滞在期間を数日延ばすだけで2ヶ月分の奨学金が支給されるという事情があったためです。スイスは世界的に見ても非常に物価の高い国として知られており,長期滞在すると支出が馬鹿にならないと耳にしていたので,できるだけ自己負担を抑える方向で調整しました。また渡航時期は,スイスの大学でセメスターが始まる時期に合わせて8月下旬~9月上旬にしました。実際には8月30日(木)にスイスに渡ったのですが,この日を選んだのは航空券の値段が高くなる日(例えばお盆休み等の繁忙期や週末等)を避けた結果で,それ以外の理由は特にありません(当初は渡航日は8月31日にしようと考えていたのですが,航空券の予約を先延ばしした結果,31日の航空券の価格が高騰してしまったため,渡航日を1日前倒しました)。

宿泊施設

宿泊施設はB&Bを利用することにしました。B&Bというのはbed and breakfastの略です。一般には戸建または集合住宅の一室を借りる形態の小規模宿泊施設で,その名の通り,利用者にはベッドと簡単な朝食が提供されます(詳しくはWikipediaの記事を参照のこと)。B&B利用中はホストの方やその他宿泊者と一部の生活空間を共有することになります。B&Bを利用したのはETHZの寮が利用できなかったためです。というのも,ETHZにおける私の身分は交換留学生ではなく唯のvisitorだったので,ETHZの寮を利用することができなかったのです(同時期に交換留学生としてETHZに留学した南雲君は寮を利用することができました)。ホテルという選択肢もなかったわけではないですが,現地の宿泊料相場が1~3万円/泊と,1ヶ月滞在するには現実的な料金設定ではなかったので,個室が確保でき,かつ宿泊料の安いB&Bを利用することにしました。とはいえ何もかもが初めての作業だったので,B&Bの選定と予約にあたっては指導教官の一人である塩浦先生にご協力をお願いしました。B&B探しはこちらの"Bed and Breakfast Switzerland - Find a BnB - Swiss B&B - Private vacation"というサイトから行い,空室状況の問合せ等は塩浦先生に代行していただきました。私が利用したB&Bはおそらくチューリッヒ市内で最も安いB&Bで,サイトに掲載されていた宿泊料は45CHF/泊でしたが,宿泊が1ヶ月を超える長期滞在になるということで,宿泊料を40CHF/泊に割り引いてもらえました。ホストの方との連絡はすべてe-mailで行いました。先方も英語には不慣れなようでこちらの意図が正確に伝わらなかったり,またその逆もあったりしましたが,特に大きな問題はありませんでした。

航空券

航空券の予約はスイスインターナショナルエアラインズの公式サイトから行いました。日本からスイスに渡る手段としては直行便と経由便がありますが,私は乗り継ぎに不安があったので直行便を使うことにしました。日本からスイス(チューリッヒ)への直行便を運航している航空会社はこの1社だけなので,直行便を利用したい場合は必然的にこの会社の便を使うことになります(ANAとのコードシェア便もあるようです)。気になる料金ですが,海外諸税や空港施設使用料等をすべて含めて往復で総額160,585円となりました。もちろん週末やお盆休み等を避けてこの料金なので,繁忙期にはこの額に数万円加算されるであろうことは言うまでもありません。一方,経由便を利用する場合は,ヘルシンキ経由,バンコク経由,モスクワ経由等,航空各社が様々な便を提供しているので,その中から料金や時間,信頼性を考慮して最もリーズナブルな便を選ぶことになるでしょう。なお経由便の料金は,時期にもよりますが直行便より1~3万円ほど安くなる場合があるようです。いずれにせよ航空券は運行日が近づくにつれて日単位で値上がりしていくので,可能な限り早く確保したほうが良いでしょう。私は留学期間の設定を先延ばししていたせいで,当初取ろうと思っていた8月31日の席がなくなってしまい,その前日の30日の席を取る羽目になってしまいました。その結果,30日の宿泊先として前述のB&Bとは別のB&Bの部屋(75CHF/泊)を確保しなければならなくなり,余計な手間と出費が生じてしまいました。

指導教官

留学を決意したはいいものの,JASSOの留学生支援制度が留学をお膳立てしてくれるわけでもないので,受け入れ先の研究機関や研究者を自分で探さなければなりませんでした。しかしそこは一介の大学院生,国際学会での発表経験もない私に海外の研究者とのコネがあるはずもなく,素直に所属研究室の先生方に頼らせていただくことにしました。そして指導教官の徳山先生にETHZのBernd Gärtner(ベルント・ゲルトナー)先生をご紹介いただき,早速メールにて留学中のご指導をお願いすることになりました。メールには指導の依頼の他に,現在の研究内容やJASSOから奨学金を支給されること等を盛り込み,何度か先生方に添削していただきました。JASSOから奨学金が支給されるという情報は,受け入れ先で留学費用を一切負担する必要はないということを伝えるために必要だったようです。実際に送ったメールは下記の通りです。

Subject: Request for supervisor

Dear Professor Bernd Gärtner:
(Cc: Prof. Takeshi Tokuyama, Prof. Sonoko Moriyama, Prof. Komei Fukuda)

I'm Yoshiki Ota, a graduate student in the master's program at Tohoku University, Japan. I belong to Tokuyama laboratory; my supervisor is Professor Takeshi Tokuyama. Recently I have applied and been accepted to JASSO program which provides financial support for Japanese students in ETH Zürich.
JASSO: http://www.jasso.go.jp/index_e.html

I'm writing this e-mail because I'd like to ask you to be my supervisor while I'm staying at ETH Zürich for a month from the beginning of September this year.

These days I'm interested in energy minimization problems raised in computer vision and techniques based on graph cuts for solving such problems. It would be my honor to have opportunities to meet you in person and to discuss matters on combinatorial optimization, discrete algorithms, linear/integer programming and some other related fields.

Additionally my master's thesis supervisor Prof. Tokuyama thinks highly of you and recommended me that I contact you.

Thank you for your considering my request. I look forward to hearing from you.

Sincerely yours,

Yoshiki Ota.

メールを送った翌日,早速Gärtner先生から快く引き受けてくださるという旨のご返信があり,このように労せずして受け入れ先が決定しました。それから渡航までの間,数度のメールで留学中にどんな研究をするのか等を話し合い,最終的に「Gärtner先生が当時取り組んでいた(数学上の)未解決問題の一つに共同で取り組む」という形で,具体的な留学の目的が固まっていきました。

クレジットカード,キャッシュカード

海外旅行で最も不安なことの一つは,お金がなくなることでしょう。基本的にはクレジットカード決済ができるとしても,現金が必要な場面というのは必ず出てきます。かといって1ヶ月の生活に必要なすべての現金を日本から持っていくというのは防犯上,精神衛生上共に現実的ではありません。そこで私は,現金の他にクレジットカード2枚と海外キャッシング対応のキャッシュカードを準備して,キャッシングの手段を複数確保しました。クレジットカードはVISAとMasterCardの限度額30万円のものをそれぞれ1枚ずつ,キャッシュカードは新生銀行のものを用意して,渡航前に口座に30万円ほど振り込んでおきました。ただ,B&Bの宿泊料だけは現金で支払う必要があったので,万が一を考えその分だけは現金で持っていくことにしました。また渡航前1ヶ月間はクレジットカードの利用をなるべく控え,利用可能額に余裕を持たせるよう努めました。特に航空券などの高額商品はクレジットカードで決済することが多いでしょうから,渡航前に利用可能額を使い果たしてしまわないように注意が必要です。

海外旅行保険

実際にお世話になるかはわかりませんが,もしものことを考えてAIU保険会社の海外旅行保険に加入しておきました。海外旅行中に怪我をしたり病気になったりした場合,現地の医療機関で治療すると医療費が高額になることが多いので,保険への加入は事実上必須と言っていいでしょう。また今回の留学ではB&Bに間借りすることになっていたので,住居に何らかの損害を与えてしまった場合にも保険金が支払われるように特約を付けておきました。人によっては不要でしょうが,いずれにせよ後で悩んで時間を無駄にすることのないようにプラン選択を行うことが重要だと思います。ただでさえトラブルの多い海外旅行なのですから,本来の目的を遂行するためにもトラブル対処に割く時間と労力は可能な限り減らしたいものです。

いざ留学

国内移動

出国当日に仙台を出発したのでは空港のチェックイン締切時刻に間に合わないため,成田空港付近のビジネスホテルに前泊しました。仙台から成田までの移動には新幹線と成田エクスプレスを利用しました。新幹線内ではスーツケースはデッキの荷物置き場に置きましたが,座席から直接見えないところに荷物の大部分が詰まったスーツケースを置くことにはかなり抵抗がありました。新幹線には車両の最後部座席の裏にも若干のスペースがあるので,最後部の座席を指定席で取って,その裏にスーツケースを置くというのが理想的だと思います。それでも不安な場合は高速バスを利用したほうがいいでしょう。また都内の移動は朝の通勤・通学の時間帯を避けたほうが懸命だと思います。

空の旅

国際線のチェックイン締切時刻は,航空会社,空港,座席のクラス等の組合せによって変わります。私は十分に余裕を持たせて離陸予定時刻の2時間前に空港に着くようにしました。成田空港には直結している京成本線のホームから入場しましたが,入場時にはパスポートの提示が求められるので,すぐに取り出せるところに携帯しておくといいでしょう。成田からチューリッヒまでは約13時間のフライトで,機内食は2回提供されました。その他にも機内サービスとしてチョコレートやワイン,おにぎり等ををいただく機会があり,終始快適な空の旅となりました。この便はANAとのコードシェア便だったこともあり,日本人キャビンアテンダントが登場しており,搭乗者の多くはやはり日本人で,私の隣にも日本人が座っていました。フライト中はその方と会話したり音楽を聞いたりしていたのでさほど退屈しませんでした。

空の旅
空の旅

チューリッヒ到着

チューリッヒ空港には現地時間の15:00頃に到着しました。予定より50分ほど早い到着です。入国審査では何も聞かれず,ただパスポートにスタンプを押されただけでした。入国審査官は本当に一言も話さなかったので,こちらが不安になったくらいです。その後Baggage Claimで受託手荷物を受け取り,空港の両替所で日本円をスイスフラン(CHF)に両替しました。今思えばチューリッヒ空港の両替所はレートが悪かったので,鉄道駅等に設置されたの他の両替所を利用を検討すべきでした。また,(その当時は)チューリッヒ空港よりも成田空港の両替所の方がレートが良かったので,前もって日本で両替しておくというのもひとつの手だと思います。ただチューリッヒに限って言えば,スーパーでの買い物はもちろんのこと,数スイスフランのトラムの乗車券でさえクレジットカードで購入できるので,現金がどうしても必要な場面というのは稀だという印象を受けました。実際,滞在中に現金が必要になったのはB&Bのホストに宿泊料を支払うときぐらいだったと思います。

チューリッヒ到着

チューリッヒ中央駅へ

空港からチューリッヒ市内へは,空港に直結しているスイス連邦鉄道(SBB)の駅から列車に乗って市内に移動しました。SBBの乗車券券売機でチューリッヒ中央駅(Zürich Hauptbahnhof)までの乗車券を買い,適当な列車に乗り込みます。券売機では硬貨とクレジットカードに限って使用出来ますが,クレジットカードで購入したほうが経済的です。券売機の画面の言語は英語が選択できたので,操作に困ることはありませんでした。乗車券を手に入れたら,そのままホームから列車に乗り込みます。SBBは信用乗車方式を採用しており,改札といったものがありません。その代わり列車内を車掌が巡回して乗客の乗車券を確認しており,無賃乗車が発覚した場合は違反者から一律80CHFの罰金を徴収し,次の駅で降ろすという措置をとっています。無賃乗車に限らず海外で何か問題を起こした場合は,本人が罰せられるだけでなく日本人という概念に傷を付け,他の邦人にも迷惑をかけることになります。どんな些細なことでも渡航先で変な考えを起こすのはやめましょう。

チューリッヒ中央駅へ

1軒目のB&B

チューリッヒ中央駅から1件目のB&Bへはチューリッヒ運輸連合(ZVV)のトラムを乗り継いで行きました。トラムの軌道は市内の至る所に張り巡らされており,自動車がなくても市内の大抵の場所にはトラムだけで行くことが可能です。1軒目のB&Bでは写真のように広い部屋が与えられ,隣室にあるバスタブやトイレ等も独占的に利用させていただけました。このB&Bでは無線LAN経由でのインターネット接続が利用できたので(=利用できるB&Bを選んだので),メールで先生方への到着報告や訪問先への連絡を済ませ,この日は早めに就寝しました。翌朝ダイニングで簡単な朝食をいただき,コーヒーを飲みながらホストの方と日本の震災や原発のこと,スイスの原発政策等について30分ほど会話を交わした後,B&Bを後にして次の目的地に向かいました。

1軒目のB&B

2軒目のB&B

2日目の夜,1日遅れでやって来た高橋君と合流し,2軒目のB&Bに向かいました。2軒目のB&Bのホストは60代くらいの男性で,私と同様に英語に不慣れな様子でしたが,宿泊料の支払い方法やB&Bでの生活のマナーに関する情報などは渡航前にメールで知らされていたので,そこでも大きな問題は一切ありませんでした。このB&Bでの朝食は,40CHF/泊という宿泊料金を考えると比較的豪華であったと思います。具体的にはパンの他に,チーズや果物入りヨーグルト,100%フルーツジュース,コーヒーが毎朝提供されました。今思うと,昼食や夕食以上にまともなものを食べていたような気もします。ここには1ヶ月ほど滞在しましたが,他にも宿泊者がいて,その方々と朝食時にダイニングで会話したこともありました。衣服の洗濯は1回3CHFの利用料を支払って洗濯機と乾燥機を使わせてもらうという形で,私は滞在中に4回ほど利用しました。インターネットへのアクセスは1軒目のB&Bと同様に無線LANによって提供されており,一晩だけ回線が不通になったことを除けば不満はありませんでした。

Gärtner先生のもとを訪問

現地入りして2日目の午後にGärtner先生のもとを訪問しました。もちろんアポイントメントは事前に取り付けてあります。B&BからETHZまではトラムで移動しました。前日の夜にGoogle Mapsのストリートビューで大学周辺を確認していたこともあり,道に迷うことなく目的の施設に辿り着けました。それからGärtner先生のオフィスで先生と面会し,早速Gärtner先生が取り組んでいた問題について説明を受け,留学中の研究の進め方について簡単な打ち合わせをしました。Gärtner先生の英語は非常に聞き取りやすく,理解するのには苦労しませんでしたが,私の英会話力が低すぎたため,こちらの意思を伝えるのには相当苦労しました。それでもGärtner先生は嫌な顔ひとつせず,こちらの意図を正確に理解しようと質問の仕方を変えたり(例えば質問を"yes","no"で答えられる簡単な形にする等),会話のスピードをこちらに合わせたりしてくださったので,英会話が苦手な私でもまったく意思疎通できないということはありませんでした。現地滞在中,挫折することなく留学の目的を果たすことができたのは,ひとえにGärtner先生の優しさのおかげだと感じています。

Gärtner先生のもとを訪問

ひたすら研究

初訪問から土日を挟んで,翌週の月曜日から本格的に研究活動を開始しました。私達の研究は,ある数学的な主張を証明するというものだったので,

  1. 仮説(主張)を立てる
  2. 主張の尤もらしさを実験的に検証する
  3. 主張の正しさを数学的に証明する

という流れで研究を進めていきました。最初の一週間は高橋君と一緒に研究を進めており,彼が立てた仮説を私が一般的な主張として数学的な表現に落としこみ,それを検証するプログラムを作って実験するという作業を行なっていました。Gärtner先生はほぼ毎日打ち合わせに時間を割いてくださり,またプログラミングや証明に行き詰まったときはその都度適切なご助言を与えてくださったので,研究は頓挫することもなく日々着実に進展して行きました。高橋君がチューリッヒを発った後もプログラミングによる検証を何度が繰り返し,研究開始から3週間ほど経った頃,やっとのことで主張を証明することができました。それから帰国までの約2週間は,Gärtner先生に証明を検証していただいたり,証明をドキュメントにまとめたりする作業に費やしました。

ひたすら研究

帰国後

既存研究の調査

帰国後真っ先に取り掛かったのが既存研究の調査です。私はスイス滞在中に,共同研究の結果を自分の修士論文にまとめようと決めたのですが,当時の私には論文を書くのに必要な研究の背景知識があまりにも少なすぎました。お恥ずかしい話ですが,当時は「どうしてその研究を行うのか」,「その研究を行うと何が嬉しいのか」といった,研究を進める上で最も重要なことさえ理解していなかったので,メールで再度Gärtner先生にお話を伺ったり,関連論文を読み漁ったりして,研究の背景知識を身に付けるように努めました。

研究会発表

帰国後初めて研究室に顔を出した日に,徳山先生から「研究会で発表しましょう」とのご提案があり,12月10日の研究会で共同研究の成果を発表する機会が与えられました。徳山先生に共同研究の成果をきちんとした形でご報告する前にこのようなご提案をいただいたので少なからず不安はありましたが,なにはともあれやってみようということで早速準備に取り掛かりました。証明の骨子はGärtner先生からいただいていたので,まずはそれを日本語に翻訳し,足りない部分を補っていくという流れで原稿を執筆しました。それまでいわゆる「数学の論文」を書いたことがなかったので章構成や言葉選びには苦労しましたが,何度も塩浦先生に添削していただいてひと月ほどで原稿を完成させることができました。発表そのものに関しては特にとりたてて書くほどのことはありませんが,研究室以外の場で発表するのは実は初めてだったので,その点では非常に良い経験になったと思います。

研究会発表

修士論文

研究発表を終えてほっとしたのも束の間,年内に修士論文の草稿を提出しなければならなかった私は,早速執筆にとりかかりました。とはいえ論文の主要な部分は研究会向けの原稿を執筆した時点でほぼ完成していたので,実際に行った作業といえば多少の加筆と書式の整形程度で,論文は程なくして完成しました(題目は「単体法に対する最悪多面体の比較に関する研究」)。帰国から修論完成まで2ヶ月弱,あまりにもとんとん拍子で事が進んだので,これでいいのかと少し不安になったぐらいです。留学前はこのように留学中の研究成果が修士論文として実を結ぶとは予想だにしていませんでしたし,実際に何ら成果を残せない可能性も大いにあったわけですから,私は指導教官や機会に恵まれたことも含めて本当に運が良かったのだと思います。

最後に

留学は特別なことだと思っていませんか?私も以前はそう思っていました。海外生活に強い関心を持っていて気骨のある人,そんな人ばかりが留学するものだと思っていました。しかし現実は違います。私のようにいわゆる「国内志向」と言われる学生でも留学しているという現実があります。もちろん私のように何もない状態からトントン拍子に話が進んで気づいたら海外にいたというケースは稀かもしれません。交換留学で1年も海外で生活したら大きなトラブルに巻き込まれることもあるでしょう。しかし留学にはそのリスクを跳ね返すほどのメリットがあると私は思います。私にとってのメリットは,日本という国,そして自分自身を見つめ直す機会を得たことでした。海外に渡るとすぐに日本との違いを意識する場面が訪れます。それまでの常識は非常識になり,マジョリティだった自分はマイノリティになるのです。そんな環境に晒されて,日本での暮らしがいかに快適で,ぬるい環境であったか私は思い知らされました。しかしそれと同時に「海外では暮らしたくない」との考えを強めてしまったのもまた事実です。あらゆる国内産業がグローバル化の波に晒されている現代において,なんとも情けない話です。それでも,留学した経験は決して無駄にはなりません。今後海外に行くことがあれば,今回の留学経験は確実に活きることでしょう。そして何よりも「こんな自分でも留学できたんだ」という自信が今の自分にはあります。たとえ自分の中の国内志向の傾向を強めてしまったとしても,海外生活に適応する力は多少なりとも養われたはずです。昨年の私のように留学するかどうかで迷っている人は(絶対に)留学すべきです。もしかしたらこの体験記の読者は既に留学を心に決めている人がほとんどで,海外に行くかどうかで迷っている人などいないかもしれませんが,むしろ私はそういう人にこそ留学してほしいと思っています。大丈夫です。行ってしまえばなんとかなりますから。

Back