交通渋滞の動的な解析に
先鞭をつける。
すべての道はローマに通ず―古代ローマが道路政策に重きを置いたことはよく知られるところだ。幹線道路だけでも延長8万kmといわれるローマ街道が、世界帝国の維持・発展の基盤となった。現在、道路が担う役割は2千年前に比し、さらに多様で重要なものとなっている。人の移動や物流を支える社会の動脈が、ひとたび滞ったら…様々な損失が発生することは容易に想像できる。帰省や行楽のたびに不愉快な思いをさせられるという方も少なくないはずだ。
交通渋滞は時々刻々と変化する。時間軸を考慮しない静的モデルでは、その現象を充分に表現することができない。ネットワーク上に車両が滞留する現象を読み解き、利用者への情報提供や交通シミュレーションに供し、都市交通計画の立案・評価の論拠とするには “時間的にダイナミックに”記述する必要がある。今後の先進的なモビリティマネジメントに向け、不可欠な知見でもある。1990年代から多くの注目を集めるようになった動的な交通ネットワーク流の解析に先鞭をつけたのが桑原雅夫教授。「待ち行列理論」、「Kinematic Wave理論」に新しい視点とアイデアを展開、洗練させ、理論を大きく発展させた。
異分野の専門家が集い、
減災をめざす。
1982年から3年間、カリフォルニア大学バークレー校で研鑽を積んだことが、研究者としての岐路になった。桑原教授が師事したのは、交通工学研究の先駆者として知られるGordon F. Newell博士。朝から晩まで対面でディスカッションする幸運に恵まれたと述懐する。沈思黙考の日々でもあった。寝ている間でさえも、思索は通奏低音のように止むことはなかったという。純粋数学や理論物理のほうが向いていたかもしれないけれど、と言うが、社会や暮らしと密接に関わる活動・貢献は、桑原教授の専門性がなせるものだ。
2011年5月、青葉山キャンパスが震災後の混乱にまだ揺れている中、桑原教授のもとには、気象、地形、交通シミュレーション、災害モニタリング、移動体データの専門家が集結、分野横断的な研究共同体「DOMINGO」が発足した。東日本大震災では、車で避難した多くの方が渋滞に巻き込まれ、津波の犠牲となった。減災に資する速やかな避難を支援するのがDOMINGOのミッション。持ちうる知識と知見を社会にフィードバックしたいと願う志高き集団だ。ちなみにDOMINGOとは知る人ぞ知るクラシックギターの歴史的名器。ギターをこよなく愛する桑原教授の発案だ。
未来を担う若者たちよ、
“外向き”たれ。
DOMINGOの目標は大きく二つ。発災時、道路の被害状況と交通ネットワーク流をモニタリングし、正確な情報を即座に提供すること、そして防災・避難計画(道路インフラの整備、避難所の配置、駐車容量など)の設計と評価の支援だ。実世界には、車両感知器データやプローブ交通情報といった様々なセンサ情報が存在する。そうした“情報の量と質”が異なるデータを効率的に融合活用するための桑原研究室の取り組みが、ここでは生かされる。被害が甚大だった石巻市(宮城県)と連携したプロジェクトは、当市の防災計画へとしっかりと反映されている。
さて近年、日本人学生の海外留学者数は減少の一途をたどっている。少子化や経済問題、海外生活への不安・懸念など、多くの背景があることは承知しているが、と前置きしたうえで桑原教授は語る-若者たちにはぜひ海の向こうに飛び出し、多様な文化と価値観に触れ、学びと研究を深めてほしい、と。自身は留学を通じて、交通ネットワーク流に関する研究成果だけではなく、世界に広がる人的ネットワークを得た。研究という孤高の営みを支えてくれる仲間づくりの大切さを説く、桑原教授の熱きメッセージである。