博士になりたい。
“科学の子”の初志貫徹。
“面白い”“楽しい”-関わっている研究や仕事を表現するときに、張山昌論教授がよく口にする言葉だ。研究に立ち向かう動機のひとつとして、未知のものを探求したいと願う根源的な心の動き、すなわち知的好奇心が挙げられる。しかし、最前線を拓く知的活動には、多くの困難や煩雑さを伴うのが常だ。“わからないこと”や“異なる見解・意見”に興味を寄せ、まっすぐ向かい合う張山教授のポジティブな志向性こそが、自身が担う異分野融合研究を前進させる力となっている。
ここで張山教授の研究者としてのルーツを探ろう。幼い頃の夢は、鉄腕アトムに登場するお茶の水博士になること。電子頭脳に並々ならぬ興味を抱いていた、とはお母様の弁だが、本人にはあまり記憶がない。しかし現在、専門と掲げるのは知的スーパーコンピューティング。“科学の子”の見事な初志貫徹である。「なんでも楽しかった」学部生時代を経て、修士課程2年の折には、国際会議でプレゼンテーションする機会を得た。国際的な研究コミュニティへのデビューだ。手応えは十分。自信にもつながり、さらにモチベーションもアップした。博士課程に進んでからは「人の役に立つ研究」という視座が加わった。その延長に医療とその現場を進化させる知的コンピューティングがある。
臨床のリアルワールドを
知的システムが支援。
機縁は意外なところで結ばれる。ある懇親会の席で隣り合った医学系研究者。後進の教育について意見を交わすうちに意気投合。いつしか話が、臨床現場における医療情報処理システムの活用に及ぶと、張山教授は深く思案させられることになる-計算分野の知見と技術が十分に生かされていない現状、そしてもっと広げ深められるであろう医療支援の可能性…新しい提案ができるはずだ-かくして分野横断的な共同研究が始まった。
手術成績は、医師の経験値/知(熟練度)やスキル、力量に依存するという一面がある。多くの局面で難しい判断に迫られる医師を知的システムでサポートできれば、患者の利益につながるところ大だろう。張山教授らが手掛けるのは、肝臓/胆のう/すい臓がんの術前プランニングを支援するシステム。CT/MRI画像から抽出した患部の3次元構造から腫瘍・血管領域の情報を把握し、最適な切除領域を自動的に計算するものだ。従来は医師の勘と経験によって決定されることが多かったというが、熟達した執刀医とコンピュータが示す切除領域はしばしば一致し,医師の結果を凌駕することも少なくない。医師に内在する豊饒な暗黙知をコンピュータで再現できることを示す例だ。さらに安全で迅速な手術に向けて、超音波で得られた画像とコンピュータグラフィックス画像を重ね合わせて切除ラインをリアルタイムにガイドするAR(拡張現実)ナビゲーションの可能性を探索している。
楽しさを引き出す工夫を
授業にも研究指導にも。
張山教授の研究・開発は、知能アルゴリズム、プロセッサアーキテクチャ、先進集積回路を三位一体で統合することで、超高速・低消費電力な大規模計算システムをめざすものだ。ソウトウェアだけ、ハードウェアだけでは実現し得ない大局的な視野から最適化・高性能化を図っていくことが鍵となる。こうしたタフな試みも、初めて耳にする医学用語も、“面白い”と感じるマインドが源泉となっている。
授業も楽しく、意欲を持って取り組んでもらえるように、と張山教授が使う自作資料は図解が多用されており、わかりやすいと評判だ。一方通行のレクチャーとならないために必要なのは想像力と創造力と語る。聴講者の属性や科学リテラシーだけではなく、声が届くかスライド教材が見えるかといった会場・教室の規模も考慮する。2007年度には、知的好奇心を刺激する優れた授業を実践したとして、総長教育賞が授与されている。
忙中閑あり。たまの休日には家族に乞われ料理をつくったり、ケーキ(シフォンケーキが得意)を焼いたりも。食べたらジョギングと筋肉トレーニングに精を出す。研究と教育は持久戦、最高のパフォーマンスを発揮し続けるには健やかな心身が基盤になるのだ、と。何事にも真摯に向かい合う日々の中に、“楽しく面白い”ことは築かれる。