ヒトや動物は
何に導かれるのか。
歩く人である。時間を見つけてはウォーキングに勤しむ。散策と思索は相性がいい。近年では、適度な運動が脳を活性化させ認知能力を強化する、とのエビデンスが多数ある。橋本浩一教授の豊かな発想と創造力の源泉は、歩くことから湧き出ずるのか。時にはスマートフォン向けの位置情報ゲームがお供となる。研究者としてGPSの精度を確認するため、と笑うが、ヒトの行動を変えるほどの影響力を持ち得た“社会実装された技術”について思いを致す。
ヒトや動物は“動く”。何を目的としてどのように動くのか。謎は多い。移動するには、その時々で最も適切な経路を選択して判断する。この連続性を持った過程を「ナビゲーション」と呼ぶ。決して単純ではない移動の仕組みをシステム科学やデータ科学の手法を用いて解明しようという大型プロジェクト「生物ナビゲーションのシステム科学」が今、ひた走っている。この研究の基底となるのが、生物の行動と生体情報・環境情報を測るセンサ「ログボット」である。神経科学的に「何が快適か」をも計測できるという革新的なロギングデバイスの開発を担うのが、橋本教授だ。
世界初、包括的ナビゲーション
研究にGO!
ヒトや動物の移動には、環境情報(気象や進路の状況、動物の場合は、捕食者の出現など)や、体内のコンディション(心拍数、血糖値、神経活動など)も反映されるだろう。非常に多様で変化に富むナビゲーションを長期間にわたって追跡し、計測することは可能なのか。橋本教授は「Yes」と答える。近年、進化が目覚ましいデバイス-例えば小型GPS、データロガー(記録計)、神経活動を計測するバイオセンサなど-が研究フロンティアを支えている。
ナビゲーションを数理モデルとして理解、解明するプロジェクトに集結したのは、制御工学、データ科学、生態学、神経科学の精鋭だ。計測・分析・理解・検証の4つのチーム、10の研究計画班に分かれ、検証・検討を繰り返しながら、スパイラルアップさせていく。細やかな連携を基に進められる分野横断的な取り組みであり、当該研究のような複合的かつ包括的な研究体制は、世界を見渡してみてもいまだ存在しない。分野が異なれば、用語の定義も異なる。「言葉の違いを埋めることから」始めたと話す橋本教授、目指すのは新しい学術分野「生物移動情報学」の創出だ。
生物移動情報学、その英知を
持続可能な社会へ。
チャレンジングな異分野融合研究を支えるのは、柔軟な思考と多角的な視点を有する人材だ。同プロジェクトでは、若手研究者の育成に力を注ぐ。自身とは異なる分野の研究室に滞在する「弟子入り制度」や、徹底的に議論し合う「若手合宿」などユニークなプログラムが展開されている。一方で、国際的な研究コミュニティを先導していくことも課せられる。世界に開かれた英知が、研究をドライブさせる力になると橋本教授は力を込める。
さて、今後の持続可能な社会は、多様な動物との共存を前提としなければならない。ナビゲーションへの理解が進み、アルゴリズムが開発されれば、生物が媒介する伝染病や感染症、害獣などの対策に役立てることができよう。食糧問題への最適ソリューション構築も視野に入る。本研究の成果は、ヒトや動物、モノの「移動」に関する社会的・工学的な課題に応用していくことが期待される。
ナビゲーションの語源は、ラテン語の“船を進める”であるという。橋本教授とプロジェクトメンバーが乗り出すのはブルー・オーシャン。無限に広がる可能性を秘めた未知の領域である。