“知”の広がりと深まりがつくる世界と未来。
著作が人気だ。“世界一やさしい「量子力学」の講義”と帯紙に謳われた科学読み物には、数式や専門用語の一切がない。研究者や専門家のフィールドで躍動するテーマ――量子、宇宙、人工知能、機械学習――を大関真之准教授は手なずけ、難解なトゲを抜き、“文系”読者に届けてくれる。ネコ型ロボットが登場するアニメやSF小説がふんだんに引用されるとあれば、知的好奇心も眠ったままではいられない。
講演依頼は断らない。完全アウェー、畑違いの分野のステージにも勇んで出かける。教育(授業)や学生指導、同時に進行する複数の大型研究プロジェクト、企業との共同研究、論文や書籍の執筆……しかし、どんなに忙しくても、アウトリーチ活動を諦めない。理由はシンプルだ、「知ってほしいから」。計算機科学と物理学が出会った地平で今、起きていることを伝えたい。ある人はそこから新規研究のアイデアを生み出すかもしれない、またある人はビジネスへの実装を模索し始めるかもしれない、子どもたちに話して聞かせる人もいることだろう。多くの可能性の節点がつながれることで、世界と未来の最適解が導かれると信じている。
物理現象に計算させる、量子コンピュータという革命。
例えば各地を飛び回るビジネスマン。30都市を訪問して帰ってくる場合、どのような順番で回るのが最も効率よく(距離/コスト)移動できるのか――現在の計算機が音を上げるような問いに、量子コンピュータが鮮やかな最適解を示してくれるかもしれない。それも従来比、数億倍の速さで、だ。
量子コンピュータとはその名の通り、量子力学の原理を応用して演算する計算機のこと。この“夢のマシン”は1990年代から量子回路方式(ゲート方式)の開発が、世界中で展開されてきた。多くの壁を前に試行錯誤が続けられる中、思わぬ伏兵が頭角を現す。日本人研究者が発表した(門脇-西森の論文、1998)量子アニーリング方式に基づくコンピュータである。提唱者の西森秀稔氏(東京工業大学教授)は、大関准教授の師にあたる。さて、2011年D-Wave System社(カナダ)が発表した商用機は、多くの企業や大学が“様子見”を決め込む中、ロッキード・マーティン、NASA、Googleがいち早く導入し、量子効果により従来の計算よりも高速化が可能、との研究成果を報告し、社会に大きなインパクトを与えた。
量子アニーリングが得意とするのは冒頭の「巡回セールスマン問題」に代表される「組み合わせ最適化問題」である。さらに注視すべきは、「機械学習」「ディープラーニング」への応用である。これらは人工知能(AI)の開発を加速させる翼だ。
最先端の宿命、道なき道を行く。
待っているのは未来だ。
科学技術のトレンドに躍り出た量子アニーリング。世界中で研究開発レースが繰り広げられる一方で、ビジネスの現場では実データ解析、機械学習への展開が盛んに試みられている。日本における研究を先導するのが、若き精鋭・大関准教授だ。量子アニ―リングが最適化問題に特化したものであることは先に述べた。目下の課題は、使える分野と適さない分野を峻別する知見の蓄積だ。大関准教授はチームを率いて、未踏の領域に分け入るチャレンジングな研究を進める。
リーダーとして大切なことは、自由なフィールドでメンバーに能力と個性を生かし切ってもらうことだと断言する。アイデアはまず試してもらう。首尾よくいかなくても、オーライだ――よかった、経験値が増えたじゃないか――前に進む実行力こそ尊いと思う。
教壇に立つ身になり、自身の経験を重ね合わせる。イラストで表現した理科の答えを、褒めてくれたのは小学校の先生ではなかったか。いまいち“突き抜けられなかった”物理と数学、目を開かせてくれたのは予備校の講師ではなかったか…励まし鼓舞してくれた師たち。そんな存在でありたいと大関准教授は考える。先生とは「先に生きる者」なのだから。