ハンダゴテからコンピュータへ。
プログラミングに魅せられて。
自宅の庭に咲く草花が、新しい季節の到来を教えてくれる。日曜日の午前は、20種を超える花木・果樹と、種子から育てたプランターの花々を丹精する時間に充てている。もっとも、仕事で機上の人となることも度々で、思うに任せないことも多いのだが…。頭の中を占拠する研究の進捗状況も、列をなすTo-Doリストも、この時ばかりは霧散する。ガーデニングは、挑戦的研究に立ち向かう山本悟教授のリフレッシュメントである。
小学2年の時、作文に「将来は科学者になって、世の中に役立つ発明をしたい」と書いた、らしい。これは両親が記憶するところだ。中・高校はバスケットボールに熱中する一方で、はんだごて片手に電子機器づくりに興ずる典型的な“ラジオ少年”だったという。そして、大学1年の時に出会ったパーソナルコンピュータPC-8001(日本電気)が、プログラミングの世界を開いてくれた。現在のパソコンとは勝手が違う。プログラム言語BASICを使って正確無比なコードを打ち込まなければ、ゲームひとつできなかったのである。いやが上にもモチベーションはアップする。それから40年間、寝食を忘れてプログラミングに取り組むことになろうとは、この時、知る由もなかったのである。
研究の空白フィールドを埋める
チャレンジングな研究。
文芸や芸術の世界では“常(つね)ならぬ”もののたとえとして、水や風の流れが登場する。「流体」である。こうした一見捉えどころのない流体の運動をコンピュータで読み解く数値流体力学(Computational Fluid Dynamics、以下CFD)は、今から約40年前に実用的なCFDコードが開発されて以来、産業の中枢を担う高度な流体機械、自動車や航空機の開発・最適設計などに不可欠なツールとなっている。成熟したかに思えるCFDであるが、実は複雑な物理現象を伴う熱流動を考慮したものとは言えない。熱流動は、流体機械(ターボ機械)の摩耗や腐食、破壊などを引き起こすファクターと成り得る。CFDを発展・拡張させ、複数の数理モデルを連成させた「マルチフィジックスCFD」に取り組むのが、山本教授の研究室だ。スーパーコンピュータを用いても膨大な時間を要するマルチフィジックスCFDの大規模数値計算は、複雑すぎるがゆえに研究の空白となっていた未開のフィールドである。
山本研究室のマルチフィジックスCFD研究は、「数値タービン」と「超臨界流体シミュレータ」の2つが展開されている。前者は、山本教授が研究開発・ネーミングした計算コードであり、ターボ機械の熱流動をまるごと計算するというコンセプトに立脚したものだ。数値タービンは、すでに重工メーカーで実用化されており、企業や大学との共同プロジェクトも複数進行中である。タービンが発電と不可分である以上、数値タービンはエネルギー問題とも深く結びつく。使命と責務は大きい。
個性の中に潜在する可能性が、
科学技術の未来を拓く。
マルチフィジックスCFDのもうひとつの柱、「超臨界流体シミュレータ(Supercritical-Fluids Simulator、以下SFS)」について話を進めたい。超臨界流体とは、臨界温度および臨界圧力を超えた状態にある物質(非凝縮性高密度流体)をいう。液体と気体の中間の性質を示し、温度と圧力を変えることで物性を大きく変化させることが特徴だ。近年、産業界では環境負荷の高い触媒・溶媒を使ったプロセスを、水や二酸化炭素の超臨界流体に置き換える動きが顕著だ。まさにグリーンサスティナブルケミストリーである。山本研究室ではすでに超臨界水、超臨界二酸化炭素の熱流動を解析する計算コードを構築している。現在は、熱物性のデータベースPROPATHと紐づけ、任意の物質の、任意の圧力・温度条件下での流動現象を読み解くSFSの開発を進めている。高温・高圧の環境を必要とする超臨界流体の装置は大掛かりなものになる。ゆえに実験によらない数値解析に大きな期待が集まる。
「人と同じことはしたくない」という内的動機が、研究のフロンティアを走り続ける原動力になっている。独創性を尊重する山本教授はまた、学生の多様でユニークなキャラクターを温かなまなざしで見つめる。個性の中に潜在する資質・才能に光を当てることが、先導者のミッションの一つだと考えるからだ。数理モデルでは到底、記述できない人の豊かな可能性こそが、科学技術を発展させる力になる――未来を読み解いていくのは私たちなのだ。