人の脳を模したディープラーニング。その進化・深化がAIに革命を起こす。
AI、人工知能がブームだ。熱狂と表現してもいい。メディアはAIが創るバラ色の未来を、あるいはAIが人間の知性を超える脅威を書き立てる。ここではいずれの可能性も一旦留保し、AIの急速な発展を支えるディープラーニング(深層学習)について取り上げてみたい。
機械学習の一種であるディープラーニングはヒトの神経細胞(ニューロン)の仕組みを模したニューラルネットワークをベースとしている。入力層・隠れ層・出力層から成る計算アルゴリズムである。隠れ層を何層にも重ねて、段階的に深く学習させる。層が進むにつれて、より複雑な特徴を学び、精度が向上していく。「ディープ」であるゆえんだ。 実はニューラルネットワーク自体のアイデアは1950年代に生まれている(入力層・出力層のみのシンプルな設計、60年代第1次ブーム)。深層化が始まった80年代には再び大きな盛り上がりを見せた。しかし、ディープラーニングに必須の大規模なデータが得られなかったこと、また計算機の処理能力が十分ではなかったことから期待されたような精度が得られず第2次ブームは終焉。「冬の時代」を迎えることとなる。
しかし、研究者たちは冬眠していたわけではない。果敢な挑戦と地道な取り組みを続けていた。コンピュータの性能向上と、ウェブやSNS、検索エンジンがもたらす画像・テキスト・音声の大量データも研究を後押しした。そしてついには「驚天動地」と岡谷貴之教授が表現する技術的ブレークスルーが2010年代初めに起こる。第3次ブームの勃興だ。深いニューラルネットワークは既存手法とは全く異なるアプローチで、難問を鮮やかに解決してみせた。それは“事件”だった。
現在の隆盛を誰も予見できなかった“冬の時代”にコンピュータビジョンの世界へ。
「通常の機械学習では、膨大で不定形な入力データをアルゴリズムに適用する前に、人間が予測に役立つヒント(特徴抽出)を与える必要があります。しかし、ディープラーニングでは特徴抽出がアルゴリズムに組み込まれており、識別のために何に着目すべきかを自動的に学んでいきます」と岡谷教授。人の手を必要とせず、“自学”するディープラーニングの認識精度は、人間の能力を上回る領域もあるほどだ。しかし、圧倒的なパフォーマンスを成し遂げるディープラーニングの理論的な理解は、まだ追いついていないという。処理過程や判断根拠がわからない「ブラックボックス問題」が各方面で議論を呼んでいる。
岡谷教授がコンピュータと初めて出会うのは、小学生の頃。友人宅にあったPC-6001(NEC)に触れ、新しい世界が開かれた。図書館にあったプログラミングの本と首っ引きで、プログラムを自作し、コンピュータの「面白さ」を堪能した。
ニューラルネットワークには“冬の時代”があったことは先に述べた。岡谷教授はその最中に大学院に進み、コンピュータビジョンを専攻する。人間の高度な視覚の働きをコンピュータで実現することを目指す研究だ。当時、当該分野の最も権威ある国際学会(CVPR)の参加者は300名程度(※現在は1万名に迫る勢い)。“ビジョン(将来像)”を案じてくれる先輩もいたというが、岡谷教授はこの道を進み、前線を切り拓いてきた。フロントランナーの駆動力となったのは、8ビットマシンをワクワクとしながら繰っていた原体験かもしれない。
いつの時代も新しい価値を生み出してきたのは若き情熱。アイデアの具現に挑んでほしい。
岡谷研究室のホームページにはこう謳われる。“比較的新しい研究分野であることもあり、体系化された教科書群があるわけではなく(そんなものがある分野は「終わって」いる!)。必要な知識は数年単位でめまぐるしく変わります”と。まさに昂進のフィールドだ。新しい情報はSNSで入手、日に3~4本の論文が発表される。「キャッチアップするだけでも大変です」と岡谷教授は言う。研究のスピードと膨大なアウトプットが、コンピュータビジョンの急速な進化を支えている。
そして世界の若き精鋭が、岡谷研究室の門を叩く。「研究室に所属する学生の半数以上は留学生です。彼らはとても前向きで志高く、将来、トップクラスの研究者になることを目指しています」。そんな若き可能性を岡谷教授は導く。目標は、独創的な最先端研究だ。具体的には、大きな影響力を持つ国際会議で可能な限り多くの研究発表を行なってもらう。その支援とチャンスは惜しみなく与える。国際的な研究コミュニティの厳しい目と評価が、個々の成長を促してくれるはずだ――。岡谷研究室を巣立った学生が、コンピュータビジョン研究の最前線に並ぶ。
「ニューラルネットワークが人間の知能を目指しているならば、まだまだできないことのほうが多く、乗り越えなければならない壁は多層にわたります」と岡谷教授。だからこそこれから研究の道を歩む者たちに奮起を促したい、のだと。いつの時代も新しい価値を生み出してきたのは、失敗を恐れずに、自身のアイデアの具現に情熱をささげてきた若者たちなのだから。