触覚を利用した体感型インタフェースを開発。
感動レベルの体感をスマートフォンで。
映像ソフトやインターネット配信を介して、お気に入りのミュージシャンのライブを楽しんだり、オンラインの会議システムを利用して、離れて暮らす孫や祖父母が気軽にコミュニケーションの時間を持ったり…。確かに便利にはなったけれど、ライブ会場で体感する臨場感とは程遠く、スキンシップを図ることもできない。私たちが感じるそうした物足りなさに対し、「五感の一つである『触覚』の機能をテクノロジーに搭載することができれば、臨場感のある、よりリアルな体験や交流を実現することが可能になる」と話すのは、東北大学大学院情報科学研究科で人間-ロボット情報学を研究する昆陽雅司准教授である。
昆陽准教授の研究テーマの一つに、触覚を利用した体感型インタフェースがある。これは、スマートフォンに搭載されている小型の振動デバイスを使った触覚メディアの実現をめざしたもの。「視覚におけるモニター、聴覚におけるスピーカーに相当する再生デバイスのないことが、触覚メディアの開発にとって大きな課題でした。そこで考えたのが、世界中で普及するスマートフォンの利用。この研究では、振動情報を人間はどこまで知覚できるのか、その触覚特性を解明したことがブレイクスルーとなり、広帯域の体感(周波数)をスマートフォンの小型振動子で再生することに成功しました。2023年には東北大学ビジネス・インキュベーションプログラムに採択され、感動レベルの体感をスマートフォンで配信するサービスの事業化を進めようとしているところです」。
触覚情報をオペレーターと共有し、
ロボットを遠隔で思いのままに動かす。
世界中で取り組まれているロボットの触覚研究には、二つの方向性があるという。一つは、ロボット自身に触覚機能を持たせ、自律的に触覚判断をして動くもの。そしてもう一つが、ロボットが感じた情報を操作するオペレーターに送り、その情報をもとにリモート操作を行うものだ。昆陽准教授は後者の方向性で研究を進めている。「ロボットを遠隔で思いのままに動かすには、視覚や音だけでなく、ロボットが体感している触覚からの情報も収集し、伝え、再現することが必要になります。しかし、その情報が決定的に不足し、共有する術もなかったというのが現状でした。これは、アバターが自身の分身となって動くVRの世界にも共通する課題だと考えています」。
触覚に関する科学・技術を扱う学問は「ハプティクス」と呼ばれ、機械工学や電子工学、コンピュータ工学、さらには神経科学や認知心理学など、幅広い分野が関係する。学際的な知見を必要とする分野だけに、「情報科学研究科の一員であることはメリットが大きい」と話す昆陽准教授。進行中の研究では、異分野の研究者とのコラボレーションも考えているという。「VR空間において、体の周りで物体やキャラクタが動いているような体感を表現し、臨場感や迫真性を伝えることをめざす3次元振動定位技術の開発では、音情報科学研究室の坂本修一教授とのコラボレーションを考えています。この研究に音響分野の知見が必要なのはもちろん、聴覚の苦手な部分を触覚が補うなど、新たな展開が生まれる可能性にも期待しています」。
触覚の原理の解明なしに、
ロボットへの応用や発展は望めない。
昆陽准教授の触覚研究のスタートは、神戸大学工学部の学部生時代にまでさかのぼる。ロボット研究に取り組む研究室には、電圧を加えると振動する、特殊な高分子フィルムを使ったアクチュエータ技術があったという。「ロボットよりもむしろ人間に興味のあった私は、そのアクチュエータを使って皮膚に分布的な刺激を加えれば、いろいろな触覚や手触りを作り出すことができるのではないかと考えました。それが私の触覚研究のスタートです」。
以来、昆陽准教授は一つのこだわりを持ち、触覚の研究に取り組んできた。それは、「原理の解明からのアプローチ」。人間の皮膚の中には、基本的なセンサ(触覚受容器)として、メルケル小体、パチニ小体、マイスナー小体の3種がある。「これらのセンサを刺激する割合やタイミングをうまく調節すれば、RGBの3色であらゆる色を表現することのできる光の3原色のように理論上はあらゆる触覚を作り出すことができる」という昆陽准教授。「メカニズム自体に未解明な部分の多い分野だけに、それぞれのセンサがどんな情報をどのように取得しているのか、そしてそれぞれがどう関わり合いながら触覚を作り出しているのかを明らかにすることが大切です。触覚の原理を解明し、その成果を、触覚提示装置やロボットのための触覚センサ、リモート技術などの開発に結実させる。遠隔で思いのままに動かすことのできるロボット、触覚機能を持ち自律的に動くことのできるロボットの実現は、そうした地道な研究の積み重ねの先にあるのです」。